SEE EVERYTHING ONCE / TRIP TO SOUTHERN DAY10
朝早く起きて、浅倉と武知の2人を見送る。彼らとの旅はここで終わり、ここからあと30日以上一人旅が続いていく。ここまでの旅はとても充実していて、毎日何かしら素晴らしくて忘れがたいものにたくさん出会うことができた。ここで旅が終わったとしても十分だと思えるほど素敵な日々を送ることができていたのは間違いない。重いスーツケースを2個トランクに積み込み、空いた部分に寝袋やエアマットを敷く。前の旅で散々使い倒したこのお決まりのセットを展開するのに若干辟易としてしまう。ただ、一方でここから始まる自分一人の旅にワクワクしている自分もいることに気づくと、急に気持ちがはやりだして、すぐにエンジンをかけてモーテルを出た。
長い一人旅の一番難しいことは「決める」ことだと思う。行く場所、泊まる場所、通る道、食べる場所。何を買うのか買わないのか。ある風景を写真に撮るべきか否か。旅というものが如何にたくさんの決断によって作られているかを身をもって感じる。そして決めることはとても疲れる。2人以上で旅をする場合その意思決定が他人に委ねられることもある。それはとても楽だ。考えなくても、自分の信頼する人間に判断を任せることができるからだ。もし感性や感覚を共にする仲間と旅をした場合には、往々にしてその決定は正しいと思えることがほとんどだろう。だからこそ、一人で旅を続ける理由がそこにあるのかもしれない。自分が本当に見たいものや行きたい場所はどこなのか、どこまで近づけるのか、そして何を捨ててそこにたどり着くのか。全てが自分の責任になり、何の言い訳もできない。自分の判断を信じることだけが自分にできることだというのはとても心細いことだったりする。今まで誰かと話していた時間はそのまま自分との対話の時間になる。
二日前に通った道をまた戻ってパームスプリングスの方へと車を走らせる。ヨットクラブの少し向こうにあるソルトン・シーがこの日最初の目的地だった。ソルトン・シーは海ではなく、カリフォルニア南部にできた大きな湖で、海面下にあるため塩湖になっている。かつてはリゾートだったこの地は人気がなくなるとともに荒廃が進み、今ではほぼゲットーのような場所になっているらしかった。車でビーチに寄ると、湖は鏡のように青い空を反射していた。貝殻が風化して砂と混じった真っ白な砂浜はとても綺麗だった。空と海の境界線は溶け合うように消えて、潮風がかすかに臭う。辺りには廃屋と魚の死骸くらいしかなくて、冬だと言うのに照りつける太陽は真夏のように暑かった。湖は半分くらい干上がっていて水位が低い。もしこれが曇り空だったとしたらこの世の終わりのような風景に変わってしまうだろう、この日が晴れていることだけが唯一の救いだったように思う。湖の周りをぐるぐると回るとボンベイビーチという街を見つけた。車で街の中に入ってみると、人は住んではいるのだけれどほぼ全ての家がボロボロに壊れかけた辺境の街だった。野犬なのか飼い犬なのか全くわからないけれど凶暴そうな犬があたりをうろつき、僕の方に向かって吠えかけてくる。人はほぼ見なかった。車で中を少し見て回っただけでもかなり治安が悪そうなことが感じられて落ち着かなかった。明らかな不穏な雰囲気の中に退廃的な美しさは潜んでいる。壊れた車や無造作に庭先に置かれた埃だらけでバネが飛び出したソファがそうだ。この世の終わりというのは案外美しいものなのかもしれない。
その街から少し走るとスラブシティという場所に着く。ここは今でこそ有名な観光地になっているけれど、僕がこの街を知ったのは「イントゥ・ザ・ワイルド」という映画によってだった。主人公が放浪の旅に出てからたどり着くヒッピーの街がここスラブシティで、実在するところだとはその当時は全く思っていなかった。ピンク色のけばけばしいデコレーションケーキのような建築物よりも、トレーラーに横たわってこちらに視線を投げかけるクリステン・スチュワートのほうが100倍くらい記憶に残っている。現地についてみると、あらゆる国からの観光客がGoProやら自撮り棒を片手にセルフィーをせめぎ合っていてなんだかゲンナリしてしまう。サルベーションマウンテンに登って街や周囲の光景を見下ろしても、なんだか釈然としない。湖の周りを回りながら他の街を探しながら思ったことは、やはりこのソルトン・シーの周囲の街はカリフォルニアの他の地域とは全く様相が異なるということだった。荒れ果てた大地に取り残されたように残る廃屋やボロボロのトレーラーに暮らす人達がほとんどで、どうやって暮らしているのか想像がつかない。カラカラに乾燥した空気に陰鬱な雰囲気が入り混じり不思議な感じがした。その中でみる夕暮れは格別に美しかった。
今日は少し早めに休みたくなったので、近くのトラックストップの裏手に車を停めて寝る準備を整えた。今日からはモーテルに泊まることも殆どなくなってくるだろうし、風呂に入れる機会も減ってくる。これまでの旅が半ばイージーモードだっただけに、これからの生活がだいぶ険しく感じられるだろうということは容易に予想ができた。